August 07, 2007
阿部薫を聴く
北 (NORD)先ほど、御茶ノ水の石橋楽器WEBSHOPさんに、紫檀製の高級津軽三味線セット
そして、その帰りに、久々に、ディスクユニオンに行ってきたわけです。
すぐさま、3階のジャズコーナーに。。。
前回の投稿、阿部薫の音源を求めに行きました。
本来なら、10年前に手に入れ、その音楽性を理解することが出来ずに、すぐに手放してしまった、アカシアの雨がやむとき(紙ジャケット仕様)を買いたかったのですが、残念ながら売っていなかった。
代わりに、これまた、フリージャズ界の巨匠で、ベーシストの吉沢元治とのデュオでのライブ音源があったので、それが、表題のジャケットであります。
曲に題名などついておらず、全てインプロヴィゼイションによる、音世界。
私も、2年ほど前まで、、、、
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平井や馬橋などで、フリーセッションに足繁く参加していたのですが、セッションと言っても、その形式的な違いについては、いろいろとあるわけです。
一般的なのは、なにかしらのコード進行、リズムパターン等をあらかじめ決めた上で、その上で、みんなでセッションを繰り広げていくタイプ。
そして、もう一つは、全く、なにも決めず、ただ、お互いの反応を確かめつつ、抽象画を描くかのごとく、音世界を繰り広げるセッション。
前者は、ブルーズの3コードに乗せたセッションがもっとも一般的で、後者に至っては、ややもすれば、エゴ&エゴのぶつかり合いが、そして、聴いているものにとっては、非常に身勝手にきこえてくる音楽になってしまいがちである。。。
阿部薫の音楽というのは、後者のタイプで、それゆえにリズムセクションだとか、コード進行といった事には、一切関係なく、吉沢元治のベースも、とっても自由奔放に繰り広げられている・・・
阿部薫のようなアルトプレイヤーしかり、あるいは、山本邦山のような尺八家、はてまた、いみじくも拙演恥ずかしい、わたくしめのようなハーモニカプレイヤーもそうなのですが、いわゆる吹奏インストゥルメンタリストと私はひとくくりにしてしまうのですが、打楽器、弦楽器のように、手足を用いて紡ぎ出す楽器プレイヤーに比べると、頭脳的な感覚がなく、むしろ直感的、情感的な感覚で演奏しているように思えるわけです・・・
音楽的に、重要な部分が、なにか違うような気がして・・・
こう言ってしまうと、世のギタリスト、ベーシスト、ドラマー、太鼓プレイヤー、三味線家の皆様には大変失礼なのですが、私自身も、三味線、ベースなどの弦楽器奏者なもので、ハーモニカの時の音楽表現と比較してしまうのですね・・・・
もっと、言ってしまえば、私のハーモニカは、95%ぐらいがインプロヴィゼーション=即興による演奏なので、そのような認識をもっています。
この阿部薫と吉沢元治のデュオも、まさにそのような印象。
スピード感重視の奔放な阿部薫に対して、吉沢元治のベースは、アルコ、ボーイング、さらには、ボディをブッ叩いて、あらゆる音を知能的に出そうとしている。
吹奏という一つの音楽表現を勉強するには、もちろん、フレージングのコピーや、音楽的な理論も学ぶとともに、こういう、情感的な起伏を、いかに瞬発的に爆発させることができるか、ということにも着目しなければならないような気がしておりますね。。。。
阿部薫の、アルトの、吠える音は、変化球的な要素は全くなく、小細工なし、直球一本!!的なノリが潔くて、この音楽を参考にするというよりも、この音楽家の、精神的なものを学び取るということが重要なのだと諭されました。。。。
ちなみに、さきのディスクユニオンでは、文章中にも出てきた、山本邦山のジャズ音源もゲット。。。
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一般的なのは、なにかしらのコード進行、リズムパターン等をあらかじめ決めた上で、その上で、みんなでセッションを繰り広げていくタイプ。
そして、もう一つは、全く、なにも決めず、ただ、お互いの反応を確かめつつ、抽象画を描くかのごとく、音世界を繰り広げるセッション。
前者は、ブルーズの3コードに乗せたセッションがもっとも一般的で、後者に至っては、ややもすれば、エゴ&エゴのぶつかり合いが、そして、聴いているものにとっては、非常に身勝手にきこえてくる音楽になってしまいがちである。。。
阿部薫の音楽というのは、後者のタイプで、それゆえにリズムセクションだとか、コード進行といった事には、一切関係なく、吉沢元治のベースも、とっても自由奔放に繰り広げられている・・・
阿部薫のようなアルトプレイヤーしかり、あるいは、山本邦山のような尺八家、はてまた、いみじくも拙演恥ずかしい、わたくしめのようなハーモニカプレイヤーもそうなのですが、いわゆる吹奏インストゥルメンタリストと私はひとくくりにしてしまうのですが、打楽器、弦楽器のように、手足を用いて紡ぎ出す楽器プレイヤーに比べると、頭脳的な感覚がなく、むしろ直感的、情感的な感覚で演奏しているように思えるわけです・・・
音楽的に、重要な部分が、なにか違うような気がして・・・
こう言ってしまうと、世のギタリスト、ベーシスト、ドラマー、太鼓プレイヤー、三味線家の皆様には大変失礼なのですが、私自身も、三味線、ベースなどの弦楽器奏者なもので、ハーモニカの時の音楽表現と比較してしまうのですね・・・・
もっと、言ってしまえば、私のハーモニカは、95%ぐらいがインプロヴィゼーション=即興による演奏なので、そのような認識をもっています。
この阿部薫と吉沢元治のデュオも、まさにそのような印象。
スピード感重視の奔放な阿部薫に対して、吉沢元治のベースは、アルコ、ボーイング、さらには、ボディをブッ叩いて、あらゆる音を知能的に出そうとしている。
吹奏という一つの音楽表現を勉強するには、もちろん、フレージングのコピーや、音楽的な理論も学ぶとともに、こういう、情感的な起伏を、いかに瞬発的に爆発させることができるか、ということにも着目しなければならないような気がしておりますね。。。。
阿部薫の、アルトの、吠える音は、変化球的な要素は全くなく、小細工なし、直球一本!!的なノリが潔くて、この音楽を参考にするというよりも、この音楽家の、精神的なものを学び取るということが重要なのだと諭されました。。。。
ちなみに、さきのディスクユニオンでは、文章中にも出てきた、山本邦山のジャズ音源もゲット。。。
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